福本藩
福本藩 | |
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别称 | 福本领 |
日语汉字 | 福本藩 |
平假名 | ふくもとはん |
罗马拼音 | Fukumoto-han |
所在地 | 播磨国神东郡福本 |
藩厅 | 福本阵屋 |
大名家 | 池田家 |
伺候席 | 柳间 |
藩邸 | 幸桥御门外(上屋敷) |
人口 | 7,194人 |
福本藩(日语:福本藩/ふくもとはん Fukumoto-han */?)是日本播磨国神东郡福本的藩[注 1],为因幡鸟取藩的支藩,宽文3年11月9日(1663年12月8日)创藩,宽文5年12月6日(1666年1月11日)一度废藩,庆应4年6月15日(1868年8月3日)再次创藩,明治3年11月23日(1871年1月13日)废藩。藩厅是福本阵屋[2][3],藩校最初设于大名町,称为学问所,安政2年(1855年)转移至中之町后改称为乾乾馆,明治2年(1869年)再迁回大名町,并且改称为时习馆[4]。人口有1,686户7,194人[5]。武家屋敷方面,江户藩邸上屋敷位于幸桥御门外[注 2][6]。
历史
宽永17年(1640年),播磨山崎藩藩主池田辉澄由于御家骚动而被改易,并且交由因幡鸟取藩藩主池田光政看管,虽然蛰居于因幡鹿野藩,不过仍然获赐播磨国神崎郡和印南郡10,000石作为其生活费用。宽文2年(1662年),辉澄死去,其子池田政直获赐播磨国神东郡、神西郡共35村约9,492石以及印南郡1村约508石作为领地。宽文3年11月9日(1663年12月8日),政直在新土野设置阵屋,其后在宽文4年(1664年),新土野改称为福本[2][7][1]。
宽文5年12月6日(1666年1月11日),政直死去,由于他没有嗣子继位,因此其领地中神东郡、神西郡和印南郡内7,000石由其弟池田政武继承,神东郡屋形3,000石则由另一弟弟池田政济继承,福本藩因此废藩。贞享4年(1687年),由于池田政森继位时分知神东郡吉富1,000石予其弟池田政亲[注 3],因此福本领的石高减至6,000石。政森在任内实施检地,又开垦新田、植树造林以及增收贡租,最终在宝永5年(1708年)引发领内惣百姓代上月平左卫门越诉未遂事件。其后,继位的池田喜以出任过大番头,丰前中津藩藩主奥平昌敦次子则作为喜以的养子而继位,即池田喜生,他曾经出任大番头和伏见奉行[2][8]。
天保7年(1836年)9月,池田喜通继位。文久3年(1863年),他有份派兵前往镇压生野之变,元治元年(1864年)长州征讨时又随军于鸟取藩驻守在石见国一带,庆应4年(1868年)也参与进攻姬路城。同年6月15日(8月3日),经过石高调整以及获鸟取藩分予来自于伯耆国长者原村等9村的长者原新田3,000石的藏米后[注 4],福本藩再次成立[注 5]。同年7月25日(9月11日),池田德润继位。明治2年6月17日(1869年7月25日),版籍奉还,德润就任为藩知事,获赐家禄320石。明治3年11月23日(1871年1月13日),福本藩由于财政不善,因此德润上书废藩,福本藩的领地也并入至鸟取藩[2][3]。
历任
家名 | 家格 | 名称 | 石高 | 藩领 |
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池田家 | 外样 阵屋 |
池田政直 | 10,000石 | 播磨国神东郡、神西郡和印南郡 |
交代寄合 | 池田政武 | 7,000石 | ||
池田政森 | 6,000石 | |||
池田喜以 | ||||
池田喜生 | ||||
池田喜长 | ||||
交代寄合 ↓ 外样阵屋 |
池田喜通 | 6,000石 ↓ [注 5]
| ||
外样 阵屋 |
池田德润 | [注 5] |
领地
令制国 | 郡 | 领地 |
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播磨国 | 神崎郡 | 粟贺町、福本村、中村、屋形村、贝野村、柏尾村、加纳村、 |
印南郡 | 曾根村 |
令制国 | 郡 | 领地 |
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播磨国 | 印南郡 | 曾根村 |
神东郡 | 根宇野村、山田村、中村、粟贺村、福本村、贝野村、寺野村、柏尾村、加纳村、上吉富村 | |
神西郡 | 福渡新田村、美佐村、新埜村、比延村、寺前村、上岩村、高朝田村、宫野村、小田原村、用田村、福井新田村、为倍村、粟村、犬见村、渊村 |
注解
参考资料
- ^ 1.0 1.1 1.2 竹内理三、北原进、杉山博、竹内诚、所理喜夫、西垣晴次、热田公、石田善人、落合重信、田中真吾、户田芳实、前嶋雅光、八木哲浩 (编). 福本藩・福本・吉富・屋形. 角川日本地名大辞典 兵庫県. 角川日本地名大辞典 28 日本文学Web図書館. 角川书店. 1988-10-08. ISBN 4-040-01280-1 (日语).
- ^ 2.0 2.1 2.2 2.3 2.4 2.5 前嶋雅光. 福本藩. 木村础、藤野保、村上直 (编). 藩史大事典 近畿編 5 POD版. 雄山阁. 2002-04-15: 530–531. ISBN 4-639-10039-6 (日语).
- ^ 3.0 3.1 3.2 前嶋雅光. 福本藩. 国史大辞典编辑委员会 (编). 国史大辞典. 国史大辞典 12 JapanKnowledge (吉川弘文馆). 1991-06-30. ISBN 978-4-642-00512-8 (日语).
- ^ 前嶋雅光. 福本藩. 大石学 (编). 近世藩制・藩校大事典. 吉川弘文馆. 2006-03-10: 702. ISBN 4-642-01431-4 (日语).
- ^ 5.0 5.1 大冢武松 (编). 福本藩. 藩制一覽 上. 日本史籍协会. 1928-08-25: 426–427. 国立国会图书馆书志ID:000000909979 (日语).
- ^ 6.0 6.1 安部晃司、陶木友治、仲藤里美. 福本藩. 江戸三百藩 まるごとデータブック. 人文社. 2007-04: 114. ISBN 978-4-795-91750-7 (日语).
- ^ 7.0 7.1 前嶋雅光. 福本村・福本陣屋跡. 今井林太郎、热田公、石田善人、岩本次郎、浮田典良、地主乔、高尾一彦、直木孝次郎、西谷真治、柜本诚一、前嶋雅光、八木哲浩、和田邦平 (编). 兵庫県の地名Ⅱ. 日本历史地名大系 29 JapanKnowledge. 平凡社. 1999-10-20. ISBN 4-582-49061-1 (日语).
- ^ 奥平昌敦. kotobank (日语).
- ^ 竹内理三、北原进、杉山博、竹内诚、所理喜夫、西垣晴次、丰岛吉则、松田晃幸、中林保、龟井熙人、井上宽司 (编). 長者原村・坂長. 角川日本地名大辞典 鳥取県. 角川日本地名大辞典 31 日本文学Web図書館. 角川书店. 1982-12-08. ISBN 4-040-01310-7 (日语).
- ^ 国立史料馆 (编). 二〇〇 池田政直宛領知朱印状・目録(播磨福本). 寛文朱印留 上. 史料馆丛书 1. 国立史料馆. 1980-03-28: 290 [2024-07-21]. 国立国会图书馆书志ID:000001455273. (原始内容存档于2024-07-21) (日语).
- ^ 旧高旧領取調帳データベース. 国立历史民俗博物馆. [2024-07-15]. (原始内容存档于2020-11-25) (日语).
外部链接
- 福本藩. kotobank (日语).